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東京地方裁判所 平成8年(ヨ)21134号 決定 1996年12月11日

債権者

櫻井康夫

伊藤一男

右債権者ら代理人弁護士

小部正治

小林譲二

債務者

アーク証券株式会社

右代表者代表取締役

安藤龍彦

右債務者代理人弁護士

平井二郎

吉田秀康

主文

一  債務者は債権者櫻井康夫に対し、平成八年一二月から平成九年一一月まで金一三万七五〇〇円を毎月二五日限り仮に支払え。

二  債務者は債権者伊藤一男に対し、平成八年一二月から平成九年三月まで金一八万九五〇〇円を、平成九年四月から同年一一月まで金二一万二〇〇〇円を毎月二五日限り仮に支払え。

三  債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  債務者は債権者櫻井康夫に対し金一〇〇七万六九〇〇円を、債権者伊藤一男に対し金七五三万一九〇〇円を仮に支払え。

債務者は債権者櫻井康夫に対し金三一万七五〇〇円を、債権者伊藤一男に対し金三〇万六五〇〇円を平成八年一〇月から本案判決確定まで毎月二五日限り仮に支払え。

二  債務者は債権者櫻井康夫に対し、役付手当七〇〇〇円、住宅手当三万七五〇〇円をカットしてはならない。

三  債務者は債権者伊藤一男に対し、住宅手当三万円をカットしてはならない。

第二  事案の概要

一  本件は、債務者が債権者ら従業員の賃金を削減したのに対し、債権者らが、右賃金の削減は労働契約に違反し無効あるいは違法であるとして、労働契約に基づく差額賃金ないしは不法行為に基づく賃金相当損害金の仮払等を求めるものである。

二  債権者櫻井康夫(以下「債権者櫻井」という。)は平成四年五月から平成八年九月までの差額賃金等として合計金一〇〇七万六九〇〇円(その内訳は、平成四年五月から一年分として八万九〇〇〇円×一二=一〇六万八〇〇〇円、平成五年五月から一年分として一〇万九〇〇〇円×一二=一三〇万八〇〇〇円、平成六年五月から五か月分として一六万一〇〇〇円×五=八〇万五〇〇〇円、平成六年一〇月から七か月分として二三万円×七=一六一万円、平成七年五月から一年分として三〇万八二〇〇円×一二=三六九万八四〇〇円、平成八年五月から五か月分として三一万七五〇〇円×五=一五八万七五〇〇円である。)の、債権者伊藤一男(以下「債権者伊藤」という。)は右期間の差額賃金等として七五三万一九〇〇円(その内訳は、平成四年五月から一年分として三万三〇〇〇円×一二=三九万六〇〇〇円、平成五年五月から一年分として四万七五〇〇円×一二=五七万円、平成六年五月から五か月分として一〇万二五〇〇円×五=五一二万二五〇〇円、平成六年一〇月から七か月分として一八万〇五〇〇円×七=一二六万三五〇〇円、平成七年五月から五か月分として二五万五七〇〇円×五=一二七万八五〇〇円、平成七年一〇見から七か月分として二八万二七〇〇円×七=一九七万八九〇〇円、平成八年五月から五か月分として三〇万六五〇〇円×五=一五三万二五〇〇円である。)の各仮払いを求めている。

三  これに加えて、債権者櫻井は、平成四年四月当時の給与六〇万円(その内訳は職能給三一万九五〇〇円、役付手当一一万円、住宅手当八万一〇〇〇円、営業手当六万円、調整給二万九五〇〇円である。)から現に支給されている月額賃金を控除した三一万七五〇〇円を、債権者伊藤も、同月当時の給与五四万四五〇〇円(その内訳は職能給三〇万八五〇〇円、役付手当九万五〇〇〇円、住宅手当八万一〇〇〇円、営業手当六万円である。)から現に支給されている月額賃金を控除した三〇万六五〇〇円を支払うよう求めるほか、債権者櫻井の役付手当七〇〇〇円及び住宅手当三万七五〇〇円、債権者伊藤の住宅手当三万円をカットしないよう求めている。

(争いのない事実)

一  当事者

債務者は、肩書地に本店を置く昭和二四年五月に設立された証券会社で、資本金二六億一九八四万円、従業員数二三一人であり、東京、大阪、名古屋の各証券取引所に加入している。

債権者櫻井は、平成元年一二月に債務者に入社した営業社員であり、証券会社の営業社員歴二五年の経験を有し、債務者入社前は丸三証券株式会社市場課長であった。

債権者伊藤は、昭和六二年四月に債務者に入社した営業社員であり、証券会社の営業社員歴一五年の経験を有し、昭和六一年四月に東和証券株式会社を退職した際は課長代理であった。

また、債権者らはいずれも平成六年一〇月一九日に債権者らで結成した全労連・全国一般東京地方本部証券関連労働組合アーク証券分会(以下「組合」という。)の組合員である。

なお、債務者には、営業員(外務員)として、債権者らの社員営業員のほか、歩合外務員、専任社員(平成四年にもうけられた歩合外務員的色彩を帯びた社員)が存在する。

二  就業規則等

債務者においては、給与に関し、かつては就業規則上は「社員の給与については、別に定める給与システムによる。」(三六条)とのみ規定し、具体的な給与の細目については、毎年五月に改定される給与システムにより、給与の具体的な金額等について定めてきた(以下右就業規則を「旧就業規則」という。)。

その後、債務者においては、平成六年四月一日、就業規則の改定が行われ、その三六条に「社員の給与については、別に定める給与規定による。」という規定が置かれ、さらに、給与規定が新設され、右給与規定には、給与の種類が定められたが、初任給等(六条)、職能給(七条)、役付手当(九条)、営業管理手当(一二条)、株式手当債券手当(一三条)、証券レディ手当(一四条)、運転手手当(一五条)、住宅手当(一六条)、赴任者手当(一七条)のいずれも、その具体的な金額等については別に定める給与システムによるとされた(以下、右就業規則を「新就業規則」、右給与規定を「新給与規定」という。)。

新給与規定七条は「職能給(基本給)は、職能資格(職給)、別号俸制(別に定める給与システム参照)とし、職能資格に基づき決定する。」と定め、債務者の基本給は職能給であるとしたほか、同八条には昇減給に関する定めが置かれ、「昇減給は社員の人物、能力、成績等を勘案して、第二条に定める基準内給与の各種類について、年一回ないし二回行う。但し事情によりこれを行わないことがある。なお、人事考課を行うにあたっては、「経営方針」に示されるセールス(標準)表の各項目や、随時発表される営業方針の各項目や内容及び会社への貢献度その他を総合的に勘案(役職別評価)し、厳正に行うものとする。」とされた。

三  給与システム

給与システムは毎年作成され、各セクション(ほぼ一〇名内外の社員で構成されている。)毎に二冊ずつ配布され、うち一冊はそのセクションの長の用に、他の一冊はセクション内の社員の回覧用に供されている。給与システムは、旧就業規則下、新就業規則下を問わず、その性格は就業規則の一部をなすものであり、現在では、労働基準監督署にも届け出られている。

なお、債務者の給与システムには、部長・次長・課長・課長代理・主任・一般の区分(さらに、課長一・課長二の資格名の呼称の区分)があるが、これはいわゆる資格であって、職制とは関係がなく、給与システム上の部長・次長・課長等の区分、課長一・課長二の区分は、いずれもいわゆる資格の呼称であって、給与及び諸手当の支給額並びに査定を行う際の手数料、預り資産等の各種の業種の目標数値に違いがあるにすぎない。

四  債権者らの給与

1  給与額

(一) 平成四年四月当時の給与

・債権者櫻井 六級一一号俸(課長二)

職能給三一万九五〇〇円 役付手当一一万円 住宅手当八万一〇〇〇円営業手当六万円 調整給二万九五〇〇円 以上合計六〇万円

・債権者伊藤 六級七号俸(課長一)

職能給三〇万八五〇〇円 役付手当九万五〇〇〇円 住宅手当八万一〇〇〇円 営業手当六万円 以上合計五四万四五〇〇円

(二) 現在(平成八年一二月現在)の給与

・債権者櫻井

四級三号俸(主任一 但し後記のとおりの口頭による通告はある。)

職能給二二万三〇〇〇円 役付手当七万円 住宅手当三万七五〇〇円 以上合計二八万二五〇〇円

・債権者伊藤

三級一四号俸(一般 但し後記のとおりの暫定措置が行われている。)

職能給一九万三〇〇〇円 住宅手当二万二五〇〇円(但し後記のとおり平成九年四月以降は支給なし。)営業手当一万五〇〇〇円 以上合計二三万〇五〇〇円である。

(三) なお、その間の給与は、別紙給与変動表のとおりである。

2  給与の変動

別紙給与変動表における、各変動の理由は以下のとおりである。

(一) 平成四年五月

債権者櫻井の職能給が変更されたのは、債権者櫻井の勤務成績不振を理由に、等級が従来の六―一一号俸から六―一号俸に変更されたためである。

債権者伊藤の職能給の変更は、債権者伊藤の勤務成績不振を理由に、従前の六―七号俸から六―三号俸とされたためである。

債権者らの役付手当、住宅手当、営業手当が変更されたのは、債務者の業績等を考えて、給与システムの見直しをした結果、それぞれ変更されたものである。

(二) 平成五年五月

債権者櫻井の職能給の変更は、債権者櫻井の勤務成績により従前の六―一号俸から六―七号俸に増加されたためである。

債権者伊藤の職能給の変更は、債権者伊藤の勤務成績を考慮して、従前の六―三号俸から六―九号俸と増加されたためである。

債権者らの役付手当、住宅手当、営業手当等の変更は、債務者の業績等を考慮して給与システムの見直しをした結果である。

(三) 平成六年五月

債権者櫻井の職能給の変更は、債権者櫻井の勤務成績を理由に従前の六―七号俸から六―一号俸に変更されたためである。

債権者伊藤の職能給の変更は、債権者伊藤の勤務成績不振を理由に従前の六―九号俸から六―二号俸とされたためである。

債権者らの役付手当の変更は、給与システムの改定が行われたためである。

(四) 平成六年一〇月

債権者櫻井の職能給の変更は、債権者櫻井の勤務成績不振を理由に、等級が従前の六―一号俸から五―一〇号俸に変更されたものである。これに伴い、他の手当についても減額された。

債権者伊藤の職能給の変更は、債権者伊藤の勤務成績不振を理由に、従前の六―二号俸から五―八号俸とされたためである。これに伴い、同人の勤務成績により他の手当についても減額された。

(五) 平成七年五月

債権者櫻井の職能給の変更は、債権者櫻井の勤務成績不振を理由に、従前の五―一〇号俸から四―四号俸に変更されたためである。債権者櫻井のその他の手当の変更は、債権者櫻井が職級が主任一とされたことのほか、給与システム全体の見直しの結果である。

債権者伊藤の職能給の変更は、債権者伊藤の勤務成績不振を理由に、従前の五―八号俸から四―三号俸に変更されたためである。債権者伊藤のその他の手当の変更は、同人の職級の変更に伴うもののほか、給与システム全体の見直しの結果である。

(六) 平成七年一〇月

債権者伊藤の職能給の変更は、債権者伊藤の勤務成績不振を理由に、従前の四―三号俸から三―一五号俸とされたためである。

(七) 平成八年五月

債権者櫻井の職能給の変更は債権者櫻井の勤務成績不振を理由に、従前の四―四号俸から四―三号俸に変更されたためである。債権者櫻井のその他の手当の変更は、給与システム全体の見直しのためである。

債権者伊藤の職能給の変更は債権者伊藤の勤務成績不振を理由に、従前の三―一五号俸から三―一四号俸とされたためである。債権者伊藤のその他の手当の変更は、債権者伊藤の職級が変更されたことに伴うほか、給与システム全体の見直しの結果である。

(八) その後の経過

債務者は、平成八年五月、債権者伊藤を主任一から一般に降格した際、同人に対し主任としての役付手当六〇〇〇円、主任としての住宅手当四万四八〇〇円を支給しないこととしたが、住宅手当については三万七五〇〇円のうち八〇パーセントにあたる三万円を同年九月まで支給し、同年一〇月から平成九年三月までは六〇パーセントにあたる二万二五〇〇円を支給するが、同年四月以降はこれを全く支給しない旨通告した。

また、債務者は債権者櫻井に対し、平成八年一〇月九日、口頭で、「本年一〇月から主任一から一般に降格されることになる。但し、実行については様子をみる。」と通告した。仮に、一般への降格が実施されると、役職者であるが故に支給されていた主任手当七〇〇〇円及び住宅手当三万七五〇〇円が全て不支給となり、債権者櫻井への総支給額は四万四五〇〇円減少して二三万八〇〇〇円になる。

(主要な争点)

一  賃金仮払の申立て

1  被保全権利の存在

(一) 職能資格・等級の見直しによる減給措置の適否

(1) 本件減給措置についての根拠の有無

労使慣行の存否及び減給を規定した新就業規則の変更の適否

合意の有無

降格処分としての適否

(2) 本件減給措置における合理性の有無

(二) 就業規則の変更による諸手当等の減給措置の適否

(1) 給与システム改定の必要性の有無

2  保全の必要性の存在

二  賃金削除禁止の仮処分の適否及び必要性

(当事者の主張)

一  賃金仮払の申立て

1  被保全権利の存在

(一) 職能資格・等級の見直しによる減給措置の適否

(1) 債務者

ア 根拠

A 労使慣行等

債権者らの職能給(基本給)を変更したのは、債務者の賃金制度が、債権者らの入社する以前から、年功序列的なものではなく、各人の能力あるいは業績度に応じたいわゆる職能給だからであり、勤務成績が良好であれば職能給(基本給)の格付が昇格する一方、勤務成績が不振であれば格付が降格するためである。

債務者においては、債権者らが債務者に入社する以前から、給与の基本を職能給・成果配分主義を基本とするところ、給与や手当等の具体的な数値等については、会社の定める給与システムによるという労使慣行が存在していたといえる。

債務者の新就業規則は平成六年四月一日実施であるが、給与についての考え方は、それ以前とそれ以後とで実質的には変わっていない。

B 合意

債権者らは途中入社であり、年収額は当初の面談の中で、本人の言う実績等を考慮して定められたが、その際、これは当初一年間のものであり、その成績の如何によって変動するものであることが確認されている。

債権者らは、債務者の中途採用者に対する基本的な考え方、債務者の給与体系が職能給・成果配分主義であること、資格の各ランク毎に目標としての手数料、預り資産等の目標の数値が設定されており、これらの営業成績如何によりセールスランクが変動し、その結果、収入の変動もあるという点について十分認識し、合意の上、債務者に入社したのである。

C 降格

労働者の成績が不振なためにいわゆる降格が行われ、あるいはそれに伴って賃金が減少することは一般に認められるところであって、特に債務者のように、成果配分主義・能力主義を大原則とする人事給与制度を設けているところでは当然のことである。

イ 合理性

A 人事考課・実績査定の方法等

債務者においては、給与の基本は職能給としており、成果配分主義・能力主義に基づき、給与システムに則り、各人の人事考課・実績評価等によって具体的な金額を決定するいわゆる変動制による給与システムであり、年収の手数料に占める割合、セールス標準に示された当該資格のランク別目標額の達成の度合、中途採用者か否か等により各営業職員の営業成績を算出し、その成績如何により資格及び職能給の号俸変動を判断するのである。そして、営業成績が優秀であれば資格も職能給も上昇し、営業成績が水準並み程度の場合は資格も職能給も横這いかやや上昇することとなるが、営業成績が劣悪な場合は資格も職能給も下がることとなるのである。

B 債権者らの査定

a 債権者らは、債務者入社以来、営業成績が良好だったことはほとんどなかった。債務者における査定の際には、実際の年収総額と手数料の比率を検討することとなっているが、債権者櫻井の比率は最も良い年でも三一パーセントであり、入社時から平均比率も四六パーセントもの高率であって、営業成績が極めて悪く、常に資格や給与の下がる対象となる成績であった。債権者伊藤の比率は、最も良い年でも三二パーセントであり、最も悪い年は七九パーセントにも上がっており、平成二年から平均比率も四六パーセントもの高率であって、入社以来、営業成績は極めて悪く、常に、資格や給与の下がる対象となる成績であった。さらに、債権者らは、平成五年以後、手数料(月平均)は、ほぼ一貫して下がり続けており、預り資産残高も全く増加していない状況にある。

b 以下、債権者らの各査定時の営業成績について述べる。

・ 平成四年五月(平成三年四月から平成四年三月までの間の営業成績に基づく査定)

債権者櫻井は、当時、課長二の資格で六―一一号俸であった。

当時、課長二の資格の者は合計五名いた。この五名の課長二の平均は手数料(月平均)二一四万円、預り資産残高は八億円であるところ、債権者櫻井は手数料六六万円、預り資産残高は二億円であり、課長二の平均値に遠く及ばず、勤務成績は極めて不振であった。

そのため、六―一一号俸から六―一号俸になり、職能給が二万三五〇〇円減額になったのである。

債権者伊藤は、当時、課長一の資格で六―七号俸であった。

当時、課長一の資格の者は合計六名いた。この六名の課長一の手数料の平均は一四四万円、預り資産残高は九億円であるところ、債権者伊藤は手数料七〇万円、預り資産は四億円であり、課長一の平均値に及ばず、勤務成績は極めて不振であった。

そのため、六―七号俸から六―三号俸となり、職能給が七〇〇〇円減額になったのである。

・ 平成五年五月(平成四年四月から平成五年三月までの間の営業成績に基づく査定)

債権者櫻井は、当時、課長二の資格で六―一号俸であった。

当時、課長二の資格の者は合計六名いた。この六名の課長二の手数料の平均値は一四三万円、預り資産は六億円であるところ、債権者櫻井は手数料は一八七万円と平均値を超えており、勤務成績は水準並みであった。そのため、六―一号俸から六―七号俸になり、職能給が一万円上がった。

債権者伊藤は、当時、課長一の資格で六―三号俸であった。

当時、課長一の資格の者は合計八名いた。この八名の課長一の手数料の平均値は一〇三万円、預り資産残高は六億円であるところ、債権者伊藤は預り資産残高は三億円で平均以下であったが、手数料は九五万円とほぼ平均並みであり勤務成績はほぼ水準並みであった。

そのため、六―三号俸から六―九号俸になり職能給が一万〇五〇〇円上がった上、課長二に昇進した。なお、この時期には合計五名の者が課長一から課長二に昇進している。

・ 平成六年五月(平成五年四月から平成六年三月までの間の営業成績に基づく査定)

債権者らは、当時、課長二の資格で、債権者櫻井は六―七号俸、債権者伊藤は六―九号俸であった。

当時、課長二の資格の者は合計八名いた。この八名の課長二の手数料の平均は一九〇万円、預り資産残高は八億円であるところ、債権者櫻井の手数料は一五五万円、預り資産残高は二億円、債権者伊藤は手数料一七二万円、預り資産残高は四億円と、両名ともいずれの点においても課長二の平均値には及ばず、勤務成績は不振であった。そのため、債権者櫻井は六―七号俸から六―一号俸になり職能給が一万七〇〇〇円下がった。債権者伊藤は六―九号俸から六―二号俸になり職能給が二万円下がった。債権者両名とも課長二から課長一になった。なお、この時期、課長二の手数料の平均値に及ばない者は、債権者両名を含めて四名おり、四名とも課長二から課長一になっている。

・ 平成六年一〇月(平成六年四月から平成六年九月までの間の営業成績に基づく査定)

債権者らは、当時、課長一の資格で、債権者櫻井は六―一号俸、債権者伊藤は六―二号俸であった。

当時、課長一の資格の者は合計一一名いた。この一一名の課長一の手数料の平均は一四六万円、預り資産残高は八億円であるところ、債権者櫻井の手数料は一一三万円、預り資産残高は三億円、債権者伊藤の手数料は一〇二万円、預り資産は三億円と、債権者両名ともいずれの点においても課長一の平均値に遠く及ばず、その勤務成績は不振であった。

そのため、債権者櫻井は六―一号俸から五―一〇号俸になり職能給が九〇〇〇円下がった。債権者伊藤は六―二号俸から五―八号俸になり職能給が一万八〇〇〇円下がった。本来であれば、この時点で、課長一から課長代理にすべきであったが、通常、人事は、主に毎年四月又は五月の春期の評価の際に行っていたため、このときは人事は行われず、職能給の変動による決定のみにとどめた。また、この時期の債権者らの預り資産はあいかわらず課長代理どころか主任一のクラスの平均値にも到達しないほどのものであったことから、職能給のみならず役付手当・住宅手当・営業手当についてもそれぞれ下がった。

・ 平成七年五月(平成六年四月から平成七年三月までの間の営業成績に基づく査定)

債権者らは、当時、課長一の資格で、債権者櫻井は五―一〇号俸、債権者伊藤は五―八号俸であった。

当時、課長一の資格の者は合計一一名いた。この一一名の課長一の手数料の平均は一三一万円、預り資産残高は七億円であるところ、債権者櫻井の手数料は七九万円、預り資産残高は二億円、債権者伊藤の手数料は七九万円、預り資産は三億円と、債権者両名ともいずれの点においても課長一の平均値に遠く及ばず、特に、最も重要な手数料については、まさに課長代理どころか主任クラスの平均値以下である程であって、その勤務成績は極めて不振であった。

そのため、債権者櫻井は五―一〇号俸から四―四号俸になり職能給が五万四〇〇〇円下がった。債権者伊藤は五―八号俸から四―三号俸になり職能給が五万一〇〇〇円下がった。債権者両名とも主任一になった。

・ 平成七年一〇月(平成七年四月から平成七年九月までの間の営業成績に基づく査定)

債権者らは、当時、主任一の資格で、債権者櫻井は四―四号俸、債権者伊藤は四―三号俸であった。

当時、主任一の資格の者は合計一五名いた。この一五名の主任一の手数料の平均は九五万円、預り資産残高は六億円であるところ、債権者伊藤の手数料は六〇万円、預り資産残高は二億円と、いずれの点においても主任一の平均値に遠く及ばず、勤務成績は極めて不振であった。そのため、債権者伊藤は四―三号俸から三―一五号俸になり職能給が二万七〇〇〇円下がった。債権者櫻井の手数料は八七万円、預り資産残高は三億円と、いずれの点においても主任一の平均値には及んでおらず、勤務成績は水準並み以下ではあったものの、その程度はさほど大きなものではないことから、この時点では債権者櫻井の資格の降格や職能給の変動は行われなかった。

・ 平成八年五月(平成七年四月から平成八年三月までの間の営業成績に基づく査定)

債権者櫻井は主任一の資格で四―四号俸であった。

当時、主任一の資格の者は合計一四名いた。この一四名の主任の手数料の平均は一〇九万円、預り資産残高は七億円であるところ、債権者櫻井は手数料一一七万円で主任一の平均値を少し超えていたものの、預り資産残高は二億円で主任一の中で最低の数値であったことから、勤務成績は不振であった。そのため、四―四号俸から四―三号俸になり職能給が三〇〇〇円下がった。

債権者伊藤は主任一の資格で三―一五号俸であった。

当時、主任一の資格の者は右のとおりであり、債権者伊藤は手数料は六八万円、預り資産残高は二億円と、一般の平均値にも及んでおらず勤務成績は不振であった。そのため、主任一から一般へ降格され、同時に、三―一五号俸から三―一四号俸となり職能給が三〇〇〇円変動して下がった。

(2) 債権者ら

ア 根拠

A 労使慣行等

a 債務者の給与システムは、年功により昇給していくシステムである。昇給・昇格のスピードに成績等による格差が生ずることは否定しないが、実質的には年功序列型賃金であると評価できるものである。現に、平成四年四月までは、内勤の職員はもちろん、営業職員についても、基本的にはこのモデル賃金体系にそって昇進・昇格してきたのである。

また、この給与システムは、平成四年四月以前は、毎月の賃上げの額にあわせて賃金のアップ及び昇格の程度を表すために用いられたものであった。この給与システムを口実にして本件のように賃下げされたり降格されたりしたことはなかったのである。債務者は、平成四年四月以降、給与システムの変更等を口実にして、これまでと異なり、賃金ダウンのために濫用してきたのである。

b 職能給制とは、一般には、職務を「一般職能」「中間職能」「管理・専門職能」等に分類した上で、それぞれの職能ごとに資格等級が設定され、労働者の職務遂行能力に対する考課によって資格を設定し(能力考課)、その能力発揮のためにどの程度行動したか(情意考課)、そして最終的に企業目的にどの程度達成したのか(成績考課)によって、資格の上昇(昇格)を決定し、基本給・手当・一時金・退職金と結合するものである。

このように、もともと職能給制は、昇格を年功によってではなく、資格の設定・昇格によるとする制度であり、一旦設定された資格に基づく賃金を一方的に減額できるとする制度ではない。これは職能給制も、個々の労働者の同意なしに賃金の一方的切り下げは許されないという契約法理上当然の原則を前提とするものだからである。

職能給制のもとでは、会社の基準によると成績考課が悪いとされた場合でも、それは昇格・昇給できないというにとどまり、労働者の同意なくして切り下げを会社が一方的にできるというものではない。

c なお、新就業規則の制定は就業規則の不利益変更にあたり許されない。

会社が労働者の同意なく賃金を一方的に減額することは、労働者にとっても重大な不利益処分であり、仮に、就業規則に法規範性を認めるとしても、賃金の一方的な減額についてはその基準、基準の具体的適用の方法、その結果としての具体的切り下げ額とその根拠、さらに基準の公平・公正性、適用の公平・公正性などにつき明確な定めをすることが必要であるところ、新就業規則八条、九条は、これらについて公平・公正性の担保等について何の定めもしておらず、極めて抽象的で曖昧かつ不明確であり、債務者の一方的裁量によって個々の労働者の賃金額をいかようにも下げうる規定となっており、到底、本件のような賃金の一方的な減額の法的根拠たり得るものではない。

そもそも給与規定に減給規定があったとしても、会社が個々の労働者の同意なくして賃金の一方的な減額をすることは許されない。元来、労働条件は、労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものであり、労働条件の中でも最重要な賃金を使用者が一方的に切り下げを行うことは、労働基準法一条二項、二条の基本的な精神に反する。

B 合意

債務者入社に際し、面接が一回以上行われ、債務者へ応募した理由等が質問されたこと、債務者の会社案内のパンフレットが交付されたことは認めるが、その余は否認又は争う。

債務者が主張するような合意は、債権者らと債務者との間には存在しない。

C 降格

争う。

イ 合理性

債務者主張は否認ないし争う。

債務者は、年収総額を問題にするが、債務者と債権者らとは年俸契約を締結したわけでもなく、債務者に年俸制の制度も存在しない。また、債権者らは、中途採用者が全く異なる基準で査定されるなどという話は全く聞いていない。

(二) 就業規則の変更による諸手当等の減給措置の適否

(1) 債務者

ア 就業規則変更の必要性

債務者の営業成績は、一般にいわれているように株式不況による業界全体の不振と同様に、別紙債務者営業成績表に示すような状態が続いている。例えば、債務者では主たる収入源は有価証券取引の際の手数料収入であるが、受入手数料は平成三年三月期に比して平成四年三月期は約四七パーセントと大幅に減少(したがって営業収益も四八パーセントと大幅な減少)して経常利益等が赤字となっている。また、平成四年三月期には自己資本リスク比率が168.5パーセントに下落するというように財産状況が悪化し、監督官庁から注視を受ける直前にまで達していたのである。

したがって、債務者として、その財務状況の改善について最大限の対応をせざるを得ないとして、諸施策の計画・実行をするのは当然のことである。なお、その後、右比率の計算方法が変更されたので、右比率上はそのような危機直前の状態を脱したかのような観があるが、実際には業績不振が続いた結果、純財産額の減少が続き、平成七年三月期には平成三年三月期と比較し63.9パーセント、自己資本リスクが最低となった平成四年三月期に比較しても76.2パーセントと下落しているのであって、会社経営上において危険な状態が続いているのである。

このように、給与システムによる給与や手当の変動は、債務者の業績は業界全体のそれが低下したのと同様に悪化し、その対策として雇用を確保するという観点に立ち、いわゆる人員整理をできる限り避ける方策として採られたものである。

イ 就業規則変更の合理性

A 営業奨励金制度の設置

給与システムの変更によって、最近では役付手当等が低下しているが、これは営業奨励金を設ける等の給与体系の見直しによるものである。単なるリストラでは営業成績の落ち込みもあるので、債務者では、前月に挙げた手数料収入やその他の営業実績を基準として営業奨励金を支払うこととし、より本人の能力や成績に即した給与が支払われるように配慮している。

したがって、このような観点からの全体的な賃金の見直し(諸手当の増額又は減額はあっても職能給そのものは減額されていない。)には合理性がある。

なお、営業奨励金には、手数料収入が給与の三倍未満の月には、各自の資格に応じてペナルティがあり、ペナルティが月々累積するが、ペナルティの額が営業奨励金の中から控除されるとしても三分の一と上限を定めているのであって、そのペナルティ全額を控除する制度とはなっていない。したがって、営業奨励金制度が、より本人の能力や成績に則した給与を支払われるよう配慮されたものであることは明らかであり、現に、優秀な成績を挙げた者には固定給に上乗せして毎月一〇万円から二〇万円ずつ支給している。

B 平均給与支給額の推移

例えば、営業員男子(専任社員を含め)について、平成二年三月期から平成八年三月期までの各一年内の一人当たりの平均の給与支給額を見ると、次のとおりとなっている。

給与(千円/人)

平成二年三月期

(平成元年四月〜平成二年三月)

四二六六

平成三年三月期

(平成二年四月〜平成三年三月)

四四一三

平成四年三月期

(平成三年四月〜平成四年三月)

四四四五

平成五年三月期

(平成四年四月〜平成五年三月)

四二九五

平成六年三月期

(平成五年四月〜平成六年三月)

四四九三

平成七年三月期

(平成六年四月〜平成七年三月)

四三一五

平成八年三月期

(平成七年四月〜平成八年三月)

四六七〇

C 労使慣行及び従業員らの合意の存在

債務者においては、債権者らが債務者に入社する以前から、給与や手当等の具体的な数値等については、債務者の定める給与システムによるという労使慣行が存在していたといえる。

債務者においては、このように毎年一回給与システムの改定によって給与が決定されるが、その内容は会議を通じ、あるいは放送を通じ、あるいは各部署に配布して、従業員にすべて周知していた。そして、これは変動給与等の決定方法に関する慣行として確立していたところでもある。しかも、その内容については、各改定の時点で従業員各人から異議の申立てもなく、また右により計算した給与について何らの留保もなく、それを同意し受領しているのである。本件債権者両名についても同様である。したがって、これら給与システムの改定及びそれによる給与額の決定については、従業員全てがここ数年の長きにわたり同意し実施してきたものである。

(2) 債権者ら

ア 就業規則変更の必要性

雇用を確保するという観点ではなく、社員営業員を専任社員にするか職場外に排除するために行われたものであって、債務者の主張は全くのすりかえである。

イ 就業規則変更の合理性

A 営業奨励金制度の設置

営業奨励金制度は従業員にとってはペナルティ制度を含むものであって到底合理性を支えるものとはいえないばかりか、わずか二年程度前から実施されているにすぎない。

営業社員の挙げた手数料収入が給与の三倍を超えた月にはその手数料額の二パーセントを支払うこと(但し上限があり。)になっているが、逆に三倍未満の月には各自の役職に応じてペナルティとして罰金が課せられるのである。そして、この罰金は月々累積してゆき、三倍を超えた月に得られる営業奨励金の中からその三分の一を上限として控除される仕組みとなっている。また、三倍を超えた月に得られる営業奨励金のうち三分の一は自動的に社員持株会の積立金に充てられ、本人の手元には入ってこないこととされ、平成八年六月からその比率は二分の一に増やされた。したがって、三倍を超えた者のみのうまみ・利益はわずかなものであるのに比して、三倍を超えない者の受けるペナルティは単に金額の点だけではなく著しく大きい。

B 平均給与支給額の推移

否認ないし争う。

C 労使慣行及び従業員らの合意の存在

債務者の従業員は、債権者らが組合結成してのちに、組合が請求するまで給与システムを見たこともなく、また、債務者より、給与システムの説明等をされたこともない。したがって、労使慣行の成立する余地もない。

労使慣行の成立要件は、職場において当該労働条件が継続反復して実施されている事実のほか、当該労働条件によって規律されるという規範意識が労使双方に存在することが必要である。しかし、債務者が従業員の同意なくして一方的な賃金切り下げができるという規範意識など、債権者らをはじめ債務者の従業員には全くない。

2  保全の必要性の存在

(一) 債権者ら

(1) 債権者櫻井

債権者櫻井には、七八歳の実父、七三歳の実母、二一歳の長女の三人の扶養家族がおり、また、賞与が大幅に減額されていることから、生活費や借金の返済等のため、毎月四五万四〇〇〇円が必要である。

(2) 債権者伊藤

債権者伊藤には、母きみ子(七四歳)、妻信子(四〇歳)、長女久美(中学校二年生・一四歳)、長男慎一(小学校五年生・一〇歳)の四人の扶養家族がおり、また、賞与が大幅に減額されているため、毎月四八万五六〇一円が必要である。

(二) 債務者

争う。

二 賃金削除禁止の仮処分の適否及び必要性

1  債権者ら

債務者は債権者伊藤に対し、住宅手当について、平成八年一〇月から平成九年三月まで二万二五〇〇円を支給するが、同年四月以降はこれを全く支給しない旨通告したが、住宅手当が全額不支給となると、債権者伊藤への総支給額は二〇万八〇〇〇円という低額となり、差額分の支給を求めているだけでは不十分であるので、右不支給(カット)の停止を求める。

債務者は債権者櫻井に対し、口頭で、「本年一〇月から主任一から一般に降格されることになる。但し、実行については様子をみる。」と通告したが、「様子をみる。」と言われても、いつ恣意的に実行されるかは不明であり、仮に、一般への降格が実施されると、役職者であるが故に支給されていた主任手当七〇〇〇円及び住宅手当三万七五〇〇円が全て不支給となることは必至であるので、そうなれば、債権者櫻井の総支給額は四万四五〇〇円減少して二三万八〇〇〇円という著しい低額となることから、右不支給(カット)の停止を求める。

2  債務者

争う。

第三  主要な争点に対する判断

一  賃金仮払の申立て

1  被保全権利の存在

(一) 認定事実等

(1) 債務者の状態(争いのない事実)

ア 証券取引法五四条二項は大蔵大臣が証券会社に対し、次のように財産の状況について一定の事由のあるときには監督上の命令をすることができると定めている。「大蔵大臣は、証券会社の財産の状況が次の各号のいずれかに該当する場合において、公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認めるときは、その必要の限度において、業務の方法の変更を命じ、三月以内の期間を定めて業務の全部又は一部の停止を命じ、財産の供託その他監督上必要な事項を命ずることができる。

① 資本、準備金その他の大蔵省令で定めるものの額の合計額から固定資産その他の大蔵省令で定めるものの額の合計額を控除した額が、保有する有価証券の価格の変動その他の理由により発生し得る危険に相当する額として大蔵省令で定めるものの合計額を下回り、又は下回るおそれがある場合として大蔵省令で定める場合

② 金銭若しくは有価証券の借入れ、受託若しくは貸付け又は有価証券その他の資産の保有の状況が大蔵省令で定める健全性の準則に反した場合又は反するおそれがある場合

③ 前二号に掲げる場合のほか、公益又は投資者保護のための財産の状況につき是正を加えることが必要な場合として大蔵省令で定める場合」

そして、証券会社の自己資本規制に関する省令(平成四年七月一七日大蔵省令六七号)は、自己資本、控除すべき固定資産等、リスク相当額、市場リスク相当額、取引先リスク相当額、基礎的リスク相当額等について定めるとともに、一〇条に前記証券取引法にいう「下回るおそれがある場合」について、次のように規定している。

「法五四条二項一号に規定する下回るおそれがある場合として大蔵省令で定める場合は、二条に規定する資本、準備金その他の大蔵省令で定めるものの額の合計額から三条に規定する固定資産その他の大蔵省令で定めるものの額の合計額を控除した額「以下「固定化されていない自己資本の額」という。)が四条に規定する市場リスク相当額、取引先リスク相当額及び基礎的リスク相当額の合計額(以下「リスク相当額」という。)に一〇〇分の一二〇を乗じて得られる額以下となった場合とする。」

さらに、大蔵省証券局長から各財務(支)局長、沖繩総合事務局長宛の「証券会社の自己資本規制について」との通達(平成四・七・二〇蔵証九四七号)は、これに関連して、次のような解釈及び取扱を定めている。

第九 下回るおそれがある場合

省令一〇条で規定する固定化されていない自己資本の額をリスク相当額で除した額に一〇〇を乗じたもの(以下「自己資本規制比率」という。)が一二〇パーセントを超える場合であっても、一五〇パーセント以下となっている証券会社については、その原因や改善見込について把握しておくとともに、自己資本規制比率の推移について注視することとする。

第一〇 月次報告等

① 省令一一条一項に規定する自己資本規制に関する報告書には、リスク相当額の計算方式を選択した表(別紙)を添付して提出するものとする。

② 省令一一条二項に規定する自己資本規制に関する報告書は、自己資本規制比率が一二〇パーセント以下である間は、毎日、報告することとする。」

このように、大蔵大臣は、投資家保護のため、債務者のような証券会社について、その財産状況が一定の基準(自己資本リスク比率一二〇パーセント)を下回る場合、あるいは下回るおそれがあるとされる場合には、業務方法の変更や業務の全部又は一部の停止、あるいは財産の供託等の命令をすることができるものとし、さらに右リスク比率が一二〇パーセントを上回る場合であっても、一五〇パーセント以下の場合には各財務局長において、その原因や改善見込について把握するとともに、右比率の推移について注視すべきものとしている。

イ 債務者の営業成績は、株式不況による業界全体の不振と同様に、別紙債務者営業成績表のとおりの状態が続いている。例えば、債務者では主たる収入源は有価証券取引の際の手数料収入であるが、受入手数料は平成三年三月期に比して平成四年三月期は約四七パーセントと大幅に減少(したがって営業収益も四八パーセントと大幅な減少)して経常利益等が赤字となっている。

また、平成四年三月期には自己資本リスク比率が168.5パーセントに下落した。純財産額の減少も続いて、平成七年三月期には平成三年三月期と比較し63.9パーセント、自己資本リスクが最低となった平成四年三月期に比較しても76.2パーセントと下落した。

ウ このため、債務者はいわゆるリストラを進めることとし、その一環として、営業店舗についても次のように統廃合が行われた。

平成四年五月 五反田支店 閉鎖

同年六月 梅田支店 閉鎖

同年八月 渋谷支店 閉鎖

平成五年二月 芝支店 閉鎖

同年八月 新宿支店 移転 東京分室廃止

平成六年一〇月 新宿支店 閉鎖赤坂支店を移転し統合

また、債務者は人員削減に努めた結果、その期末社員数は別紙期末社員数表記載のとおり減少してきており、期中一年間の人件費総額も大幅に縮小した。

2  給与システムの変更(争いのない事実、甲九ないし一三、乙三四、五六及び審尋の全趣旨)

ア 職能給等の変更(甲九ないし甲一三、乙三四、五六)

毎年五月に実施された給与システムの変更に伴う平成四年から平成八年の間における職能給等の改定は以下のとおりであった。

A 基本給(職能給)

a 六級七号俸

平成三年 三〇万八五〇〇円

平成四年 三一万三〇〇〇円

平成五年 三〇万六〇〇〇円

平成六年 三〇万七〇〇〇円

平成七年 三〇万七〇〇〇円

平成八年 三〇万七〇〇〇円

b 六級九号俸

平成三年 三一万四〇〇〇円

平成四年 三一万八五〇〇円

平成五年 三一万二〇〇〇円

平成六年 三一万三〇〇〇円

平成七年 三一万三〇〇〇円

平成八年 三一万三〇〇〇円

c 六級一一号俸

平成三年 三一万九五〇〇円

平成四年 三二万四〇〇〇円

平成五年 三一万八〇〇〇円

平成六年 三一万九〇〇〇円

平成七年 三一万九〇〇〇円

平成八年 三一万九〇〇〇円

B 役付手当

a 課長二

平成三年 一一万円

平成四年 九万五〇〇〇円

平成五年 七万円

平成六年 四万五〇〇〇円

平成七年 三万五〇〇〇円

平成八年 三万八〇〇〇円

b 課長一

平成三年 九万五〇〇〇円

平成四年 八万円

平成五年 六万円

平成六年 四万円

平成七年 三万円

平成八年 三万三〇〇〇円

C 営業手当(課長)

平成三年 六万円

平成四年 三万円

平成五年 二万五〇〇〇円

平成六年 二万円

平成七年 二万円

平成八年 二万円

D 住宅手当(課長・東京地区)

平成三年 八万一〇〇〇円

平成四年 九万円

平成五年 九万円

平成六年 九万円

平成七年 七万二〇〇〇円

平成八年 六万三〇〇〇円

イ 調整給(甲九)

債務者は債権者櫻井に対し、平成四年四月まで、調整手当二万九五〇〇円を支給していた。調整手当とは、債務者において、平成三年に大幅に給与を減額した際、その給与の支給総額が前年度比マイナスとなった者について、マイナスの解消をはかるために支給したものである。

2  営業保証金制度(争いのない事実)

営業社員の挙げた手数料収入が給与の三倍を超えた月にはその手数料額の二パーセントを支払うこと(但し上限があり。)になっているが、逆に三倍未満の月には各自の役職に応じてペナルティとして罰金が課せられる。そして、この罰金は月々累積してゆき、三倍を超えた月に得られる営業奨励金の中からその三分の一を上限として控除される仕組みとなっている。また、三倍を超えた月に得られる営業奨励金のうち三分の一は自動的に社員持株会の積立金に充てられ、本人の手元には入ってこないこととされ、平成八年六月からその比率は二分の一に増やされた。

3  訴えの提起等(争いのない事実)

債権者らは債務者を相手として、平成七年二月一六日、本件につき本案訴訟を東京地方裁判所に提起した。

債権者らは、平成八年六月二七日、東京地方裁判所に本件申立てを行った。

2  判断

(一) 職能資格・等級の見直しによる減給措置の適否

(1) 前記のとおり、債務者においては、平成六年四月一日の新就業規則の施行以前は、就業規則上には「社員の給与については、別に定める給与システムによる。」(三六条)という規定のみが存し、債務者が、従業員の職能給の減給を行える旨定めた就業規則や労働協約等が存在しなかったことは当事者間に争いがない。

債務者は、債権者らの入社に際して、年収額は成績の如何によって減給することもあると債権者らに言明しているので、右内容が債務者と債権者らとの労働契約の内容となっている旨主張しているようであるが、本件疎明資料に照らしても、債務者らの右主張を裏付けるに十分な証拠はない。その他、債務者において、従前から従業員の勤務成績不良を理由に降格等が行われていた旨の労使慣行等もこれを認めることができない。

ところで、使用者が、従業員の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付けされていると認められる者の資格・等級を一方的に引き下げる措置を実施するにあたっては、就業規則等における職能資格制度の定めにおいて、資格等級の見直しによる降格・降給の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠づけられていることが必要である。

本件においては、前記のとおり、債務者は、就業規則等の根拠がないにもかかわらず、債権者らの格付を引き下げてその職能給を減給しているのであるから、債務者の、債権者らに対する平成四年五月以降の右取扱いは無効である。

(2) この点に関し、債務者は、債務者の賃金制度が、債権者らの入社する以前から年功序列的なものではなく、各人の能力あるいは挙績度に応じたいわゆる職能給であり、右賃金制度自体が降格・減給の根拠となる旨主張しているかのようである。しかしながら、仮に、債務者の賃金制度が年功序列的なものではなく職能給であったとしても、それ自体は、昇格・昇給が年功的でないというにとどまり、降格や賃金の減額を根拠付けるものとはいえず、債務者の右主張は理由がない。

(3) また、債務者は、債権者らに対する措置は一般に認められている降格であり、それに伴い賃金の減少が生じてもやむを得ない旨主張する。しかし、前記のとおり、債務者の給与システムには、部長・次長・課長・課長代理・主任・一般の区分(さらに、課長一・課長二の資格名の呼称の区分)があるがこれはいわゆる資格であって、職制とは関係がなく、給与システム上の部長・次長・課長等の区分、課長一・課長二の区分は、いずれもいわゆる資格の呼称であって、給与及び諸手当の支給額並びに査定を行う際の手数料、預り資産等の各種の業種の目標数値に違いがあるにすぎない。してみれば、債務者において行われている「降格」は、資格制度上の資格を低下させるもの(昇格の反対措置)であり、一般に認められている、人事権の行使として行われる管理監督者としての地位を剥奪する「降格」(昇進の反対措置)とはその内容が異なる。資格制度における資格や等級を労働者の職務内容を変更することなく引き下げることは、同じ職務であるのに賃金を引き下げる措置であり、労働者との合意等により契約内容を変更する場合以外は、就業規則の明確な根拠と相当の理由がなければなしえるものではなく、債務者の右主張は理由がない。

(4) ところで、前記のとおり、債務者においては、平成六年四月一日、就業規則の改定が行われ、新就業規則三六条に「社員の給与については、別に定める給与規定による。」と規定され、新給与規定七条は「職能給(基本給)は、職能資格(職給)、別号俸制(別に定める給与システム参照)とし、職能資格に基づき決定する。」と規定されたほか、同八条には「昇減給は社員の人物、能力、成績等を勘案して、第二条に定める基準内給与の各種類について、年一回ないし二回行う。但し事情によりこれを行わないことがある。なお、人事考課を行うにあたっては、「経営方針」に示されるセールス(標準)表の各項目や、随時発表される営業方針の各項目や内容及び会社への貢献度その他を総合的に勘案(役職別評価)し、厳正に行うものとする。」と昇減給に関する定めが置かれたことは当事者間に争いがない。

そこで、平成六年四月以降の降格・減給につき新給与規定八条が根拠たり得ないか否かにつき検討するに、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないものというべきである。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものと解すべきである。

本件における新給与規則八条の規定は降格・減給をも基礎づけるものであって、右規定の新設は債権者らにとって賃金に関する不利益な就業規則の変更にあたるから、右規定を債権者らに対し適用するためには、右規定がその不利益を債権者らに受忍させるに足る高度の必要性に基づいた合理的な内容のものといえなければならない。

しかしながら、本件においては、債務者において、右規定の新設について、その高度の必要性及びその合理性につき主張及び疎明がない。してみれば、新給与規定八条は、平成六年四月以降の降格・減給につき根拠たり得ないものというべきである。

(5) 以上のとおりであって、債務者には職能資格・等級の見直しによって減給措置を行う根拠が存しないから、債権者らはその求める職級号俸により(債権者櫻井は課長2.6級一一号俸、債権者伊藤は課長1.6級七号俸)として、債務者に対し職能給等の支給を求めることができる。

(二) 就業規則の変更による諸手当等の減給措置の適否

(1) 債務者においては、給与に関し、かつては就業規則上は「社員の給与については、別に定める給与システムによる。」(三六条)とのみ規定し、具体的な給与の細目については、給与システムにより、給与の具体的な金額等について定めることとしていたこと、その後、平成六年四月一日、就業規則の改定が行われ、三六条に「社員の給与については、別に定める給与規定による。」と規定されたが、給与規定上は、初任給等(六条)、職能給(七条)、役付手当(九条)、営業管理手当(一二条)、株式手当債券手当(一三条)、証券レディ手当(一四条)、運転手手当(一五条)、住宅手当(一六条)、赴任者手当(一七条)のいずれもが、別に定める給与システムによるとされ、それぞれの具体的な額については、債務者が定める給与システムにより定めてきたことはそれぞれ当事者間に争いがなく、また、債権者らの諸手当等は、毎年五月に減額されているが、これらはいずれも給与システムの変更によるものである(但し、職級の変更があった場合にはこれに伴う部分も存する。)ことも当事者間に争いがない。

また、前記のとおり、平成四年五月以降毎年五月に給与システムの改定が実施されているが、役付手当、営業手当及び住宅手当については、各年の改定ごとにその金額が減額されている一方(但し平成四年の住宅手当のみは増額)、職能給については、平成五年に限って減額されていることが認められる。

ところで、右給与システムの法的性格は就業規則であるから、右給与システムの変更についても、前記のとおり、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更にあたり、当該条項がそのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。

(2) 本件においては、前記のとおり、債務者の営業成績は、株式不況により、手数料収入が減少するなどして経常利益等が赤字となり、営業店舗の統廃合を実施し、また人員削減の措置を講ずるなどして人件費等の経費削減に努めていることについては当事者間に争いがない。右事実によれば、債務者において、就業規則を変更して、諸手当等の減額を行う必要性が全くなかったとまではいえないことは、債務者主張のとおりである。しかしながら、右事実のみによって、更にすすんで高度の必要性まで存したかについてはなお疑問の余地があるものといわざるを得ない。

(3) 合理的な内容といえるかという点についてみると、本件疎明資料中には、これを認めるに十分な証拠は存しない。

債務者は、各改定の時点で従業員各人から異議の申立てもなく、また改定後の給与システムにより計算した給与について何らの留保もなく、それを同意し受領している旨主張するが、債権者らから訴訟提起等、異議申立てが行われていることは明らかであるし、また、債務者らの従業員らが右改定につき個々に同意をしていると認めるに足る証拠もない。

また、債務者は、平均給与支給額の推移をみると、営業員男子(専任社員を含め)について、平成三年四月期から平成八年三月期までの各一年内の一人当たりの平均の給与支給額を見ると、

給与(千円/人)

平成四年三月期

(平成三年四月〜平成四年三月)

四四四五

平成五年三月期

(平成四年四月〜平成五年三月)

四二九五

平成六年三月期

(平成五年四月〜平成六年三月)

四四九三

平成七年三月期

(平成六年四月〜平成七年三月)

四三一五

平成八年三月期

(平成七年四月〜平成八年三月)

四六七〇

であり、右事実に照らせば、本件における各給与システムの改定は合理性が存すると主張しているようである。本件のような場合であっても、就業規則の変更等により支給される従業員の賃金が全体として従前より減少する結果になっているのであれば一方的に賃金の切り下げが行われたことになるので、就業規則の変更の内容の合理性は容易には認めがたいが、従前より減少していなければそれが従業員の利益をも適正に反映しているものである限り、その合理性を肯認できると解する余地もありえよう。しかしながら、本件においては、債務者主張の右事実につきこれを裏付けるに足る証拠はないし、右の数字がそのような数字を基礎として算出されるのかも明らかでなく、従業員の賃金が全体として従前より減少しているのかいないのかについても明らかでない。してみれば、債務者の右主張も理由がないものといわざるを得ない。

さらに、債務者は、合理性の根拠として、営業奨励金制度の設置を主張するが、本件疎明資料に照らしても、各年の給与システムの見直しによる諸手当の減額と営業奨励金制度の設置との間に、一体としての関連性があるとは認められず、債務者の右主張も理由がない。

(4)  以上のとおりであるから、本件においては、平成四年五月以降毎年五月に実施されている給与システムの改定による役付手当、営業手当及び住宅手当の減額や調整給の廃止等については、いずれも高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとは認めがたい。してみれば、被保全権利として、労働契約上の賃金債権につき、債権者櫻井が六〇万円(職能給として三一万九五〇〇円、役付手当一一万円、住宅手当八万一〇〇〇円、営業手当六万円、調整給二万九五〇〇円)、債権者伊藤が五四万四五〇〇円(職能給として三〇万八五〇〇円、役付手当九万五〇〇〇円、住宅手当八万一〇〇〇円、営業手当六万円)を主張するのは理由がある。

2  保全の必要性の存在

(一) 認定事実(争いのない事実、甲二五、二六、三四、三五)

債権者櫻井は、昭和一八年二月二六日生まれで現在は五三歳であり、七八歳の実父、七三歳の実母及び長女(二一歳)の三人の扶養家族がいるところ、債権者櫻井の毎月の支出は四五万四〇〇〇円であり、債務者の債権者櫻井への現在の支給額は二八万二五〇〇円であって、債権者櫻井は不足分等を金融機関からの借り入れによってまかなっていた。

債権者伊藤は、昭和二三年一二月二八日生まれで現在は四七歳であり、母(七四歳)、妻(四〇歳)、長女(一四歳)及び長男(一〇歳)の四人の扶養家族がいるところ、債権者伊藤の毎月の支出は四六万六六〇〇円であり、債務者の債権者伊藤に対する支給額は二八万二五〇〇円であって、債権者伊藤は不足分等を食堂で働く妻のパート収入と生命保険の解約金で充当していた。

(二) 判断

賃金仮払仮処分は、仮の地位を定める仮処分の一種であるから、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためにこれを必要とする」(民事保全法二三条二項)ことを要件とするものであるところ、債権者の生活困窮の危険を避けるための必要性がこれにあたるものである。このように、賃金仮払仮処分は、債権者等の生活の困窮を避けるために暫定的に発せられるものであって、従前の生活水準、生活様式を保障するものではない。

したがって、債権者の職種や生活状況等の諸般の事情に照らして、その必要があるかどうかを検討すべく、また、これが肯定されるからといって、当然に賃金の全額に相当する額の金員を仮に支払わせる必要は認められず、具体的な生活の困窮を避けるため必要な金額の限度においてのみ仮払の必要性が認められるものと解すべきであり、認容すべき賃金の額は、被保全権利である賃金請求権の範囲内で、債権者の生活状況等諸般の事情を考慮して、その通常の生活を維持し得るに足りる額とすべきである。

本件においては、前記のとおりの債権者らの生活状況や債権者ら支給されている現在の支給金額(債権者櫻井は二八万二五〇〇円、債権者伊藤は二三万〇五〇〇円である。)、債権者らの年齢、その扶養家族及び同人らの就労状況等の事実が認められるのであって、これらを総合考慮すると、債権者櫻井については一三万七五〇〇円、債権者伊藤については一八万九五〇〇円の限度でその必要性が認められる。もっとも、前記のとおり、債務者は債権者伊藤に対し、平成九年四月以降は支給額を二〇万八〇〇〇円とするとしているのであるから、債権者伊藤につき、平成九年四月以降は二一万二〇〇〇円の限度で必要性を認めることができる。なお、債務者が、平成八年一〇月九日、債権者櫻井に対し、「本年一〇月から主任一から一般に降格されることになる。但し、実行については様子をみる。」と通告したことは前記のとおりであるが、現に減額が行われていない以上、右事実をもって必要性判断の対象とすることはできない。

二 賃金削除禁止の仮処分の適否及び必要性

債権者らは、「債務者は債権者櫻井に対し、役付手当七〇〇〇円、住宅手当三万七五〇〇円をカットしてはならない。債務者は債権者伊藤に対し、住宅手当三万円をカットしてはならない。」との申立てを行っているところ、債権者らの右申立てにおける被保全権利は必ずしも明らかでないが、結局、右申立ては「債務者は債権者に対し、右諸手当を仮に支払え。」というものにすぎず、右申立ての内容は賃金仮払の申立ての中に包摂されるべきものと解されるし、また、右のような仮処分を行う必要性も認めがたい。

したがって、債権者の右申立てに関する主張は理由がない。

第四  結論

以上のとおりであって、債権者らの申立てのうち、労働契約に基づく差額賃金の支払を求める部分については、主文一項及び二項の限度で理由があるから担保を立てさせないで認容し、その余は理由がないから却下する。

(裁判官三浦隆志)

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